ロルフのおはなし

　
ロルフは、森に住むオオカミです。
森に住む小さな動物を狙うハンターです。
小鳥やウサギを捕まえては、それを食べて暮らしていました。

ロルフは、お腹が空いた時だけ狩りをします。
捕まえた動物は、美味しいところを食べると、残りは他の動物や虫にあげました。
狩りができない動物や虫も、ロルフが食べた後を回れば、食べ物にありつけました。
だから、ロルフは全部食べてしまうようなことはしませんでした。
そして、お腹がいっぱいの時は、絶対に捕まえたりしませんでした。
それが、森で暮らす動物たちの決まりごとでした。
　
ある日、ロルフは木の下でうずくまっている小さなウサギをみつけました。
足を怪我しているようでした。
その時、ロルフはお腹がいっぱいでした。
だから、ロルフはそのウサギは捕まえませんでした。

ロルフは一匹狼です。
いつもひとりぼっちです。
それが一番幸せな生き方なんだと思っていました。
誰かと一緒にいるのは面倒だと思っていました。
でも、ロルフはどうしてもそのウサギを忘れることができませんでした。
だから、自分の家へ連れて帰ることにしました。

傷の手当てをしてあげて、ウサギが喜びそうな食べ物を拾ってきました。
ウサギは、まだ小さくて、ロルフのことを怖がりませんでした。
ウサギの怪我はとても悪く、治る様子はありません。
ロルフは、名前の付いていないウサギに、ラビィと名前を付けました。
そして、このままラビィと一緒に暮らすことになりました。

その日から、ロルフはウサギを食べなくなりました。
小鳥も食べなくなりました。
その代わり、木の実や草の実を食べるようになりました。
別にお肉が嫌いになった訳じゃありません。
でも、不思議と食べられなくなったのです。
なぜだかロルフは自分でも分りませんでした。
でも、ラビィと一緒に食べる木の実や草の実は、お肉より美味しいと思いました。

今まで、ロルフの後をくっついて分け前をもらっていた動物や虫たちは面白くありません。
だから、他のオオカミを探して、どこかへ消えてしまいました。
でも、ロルフは幸せでした。
家で一緒に暮らすひとが居てくれることが、こんなに嬉しいことだとは思いませんでした。
　

　
森のそばに、人間の村ができました。
最初、人間は枯れた枝や倒れた木を持って帰るだけでした。
そのうち、木の実や草の実をごっそり持って帰るようになりました。
ロルフは、今までよりたくさん探して回らないといけなくなりました。

人間は、森の木を切りはじめました。
木の実はますます少なくなりました。
人間は、鉄砲を使って狩りをします。
それも、たくさん捕まえて帰っていきます。
森の仲間たちは、どんどん減っていきました。

ロルフは、ラビィのために、たくさんたくさん歩き回りました。
人間が憎いと思いました。
でも、我慢しました。
人間が、ロルフをみつけると鉄砲で撃ちました。
それでも、我慢しました。
大好きなラビィのために、食べ物を探して回りました。

ある日、森の中に肉のかけらが落ちていました。
でも、お肉を食べないロルフは、絶対に拾いませんでした。
食べ物はますます見つからなくなりました。
でも、ロルフは絶対にお肉は食べませんでした。

ロルフは、いつもお腹を空かせていました。
でも、家から出ることのできないラビィのために、辛抱して歩き続けました。

そして、その日がやってきました。
痩せていくロルフを見かねたラビィは、力をふりしぼって家から出ました。
やがて、森に落ちていた肉のかけらを見つけました。
ラビィは、肉のかけらをくわえてかえってきました。

ラビィは、ロルフが自分の取って来た食べ物を食べてくれるものと信じて待っていました。
ところが、ロルフは食べませんでした。
ラビィは、がっかりしました。
すると、急に身体に力が入らなくなりました。
体中がしびれて、びくびく震えます。
その肉は、人間がオオカミを殺すためにまいた毒だったのです。
　
息をしなくなったラビィを見て、ロルフは吠えました。
悲しさを紛らわせるかのように、たくさんたくさん泣きました。
　

　
「人間が憎いかね。」
悪魔が言いました。
ロルフは、こくんと頷きました。
「ならば、力を授けよう。」
悪魔は、にたりと笑いました。
「これは契約だ。陽が落ちる時、その魂を貰い受ける。よいか？」
ロルフの心は、人間への憎しみにあふれていました。
ロルフは、悪魔と契約の誓いを交わしました。

ロルフの身体に、力がみなぎりました。
今まで見上げていた木々が、どんどん下へと下がっていきます。
森の木々から、鳥たちが一斉に飛び出しました。
ロルフは、大きくなった自分の身体を見て、大声で吠えました。

ロルフがあるくごとに、木がメキメキと音を立てて倒れていきます。
ロルフは、構わず歩き続けました。
行き先は一つです。
あの憎い人間どもが暮らしている村です。

森を抜けたところに、アスファルトで覆われた道路に、電線の張られた電柱が並んでいました。
ロルフが電線をひっかけると、パリパリと光って電線がちぎれました。
それを見つけた人間が、慌ててトラックに乗り込みました。
ロルフは、そのトラックをつかまえると、ひょいと持ち上げて、村に向かって投げ込みました。
ドカーンという爆発の音とともに、煙りが上がりました。
　
教会の鐘が、激しく鳴り響きます。
その音に腹を立てたロルフは、教会の塔をぽきりと折ってやりました。
教会から、人間たちがばらばらと逃げて行きます。
ロルフは、人間たちを追いかけ回しました。
俺の大事なラビィを奪った人間どもめ！
許すものか！！

人間の子どもが泣叫んでいました。
崩れた壁の下敷きになったお母さんのそばで、人間の子どもが泣いていました。
ロルフは、立ち止まりました。
俺は一体なにをやっているのだろうか。
こんなことをしても、ラビィは帰ってこない。
ロルフは、自分のやっていることが急に悲しくなってきました。
　
ロルフは、崩れた壁をどけてやりました。
そして、森へ帰っていきました。
　

　
陽が暮れるまで、ロルフは森の向こうにたちこめる煙りをながめていました。
ロルフの心は空っぽでした。
もう、どうなってもいいと思いました。
　
約束の時間になり、悪魔がやって来ました。
「さあ、約束だ。魂を貰い受けよう。」
ロルフは、身体から力が抜けて行くのを感じました。
回りの木々が、どんどん高くなっていきます。
ああ、これで終わるんだ。
もうラビィには会えないけど、仕方ないんだ。
　
ロルフがもとの姿に戻った時、一本の矢が飛んで来ました。
矢は、ロルフの胸に突き刺さりました。
「誰だ！」
悪魔は、恐ろしい声をあげながら、矢の飛んで来た方を振り向きます。
力の入らなくなったロルフも、最後の力を振りしぼって、そちらを見ます。
そこには、弓矢を持った天使が立っていました。
　
「なんてことをしてくれる、契約が台無しでは無いか！」
悪魔は怒鳴りました。
「なにが契約だ、心の弱味に付け込む悪魔め！」
天使は、次の狙いを悪魔に定めました。
「おいおい、これは正当な取り引きなんだぜ！」
悪魔が言いました。
「彼は改心した。だから契約は無効だ。」
天使は狙いをつけたまま、静かに言いました。
「そんな無茶な話がありますか！　いくら天使とはいえ、随分な話だ！」
悪魔は悪態をつきました。
　
「ならば、その身体を代わりに持って行くが良い。魂には手を出すな。」
天使は言いました。
「それは話が違うぜ。大損じゃないか。」
悪魔は食い下がりました。
「そう言えば、あちらの村に用事はないのか？」
天使は、煙りのあがる村を指差しました。
「へへ、そういうことですかい。よござんしょう。」
悪魔は、ロルフの身体を持って、そのまま消えてしまいました。

ロルフは困りました。
身体もなくなり、帰る場所もありません。
ましてや、天使の前です。
あの悪魔でさえ追い払った天使です。
どんな罰が待っているのでしょうか。

「私は、もともとロルフに用事があって来ました。」
天使は言いました。
「君に合いたがっているひとがいるのだ。」
ロルフは、急に怖くなりました。
「それはいけない！　俺は、もうラビィには会えないんだ！」
「どうしてだね？」
天使は、優しい声で訊ねました。
「これだけ悪いことをしてしまったのだ。今さら会える資格はない。」
ロルフは、泣き声混じりで応えました。
「でも、悪いことをしてしまったと反省している。違わないか？」
「そんな資格はありません！　どうぞ罰を！」
ロルフは叫びました。
「その必要はありません。あなたはもう十分に罰されたのですから。」
ロルフの前に、大きな門が立っていました。
　
「でも、さっきの悪魔が・・・。」
ロルフは、恐る恐る訊ねました。
「私は信じている。彼らが悪魔の誘惑などに負けないこと。」
天使は、微笑みました。
　
扉が開きました。
眩しい光の向こうから、なつかしいラビィの姿が見えました。
　

2005年7月9日　かずや