誘 惑


京都から大阪へ行く。手段は色々ある。
一番ポピュラーなのが電車。
JR、京阪、阪急、三つある。
どれを選んでもいいのだが、
一つだけ、
JRだけは気をつけよう。

阪急。あれはいい。無難な選択だ。
京阪。いつも乗っている。この町からでるのに必ず使う。
JR。悪くない。
でも一つだけ、気をつけろ。快速電車には気をつけろ。

普通電車ならいい。いつも乗っている電車と一緒だ。
新快速電車ならいい。あっという間につく。
でも快速電車。
特に、緑とオレンジのツートンカラーのやつ。
あれには心して乗れ。

昼下がりが特に危険だ。晴れていたらなおさらだ。
座席に腰を下ろす。
車輪がレールを叩く音。
心地よい揺れ。
窓を流れる景色。

現実から切り離された時間。
解放された時間。
今だけ許される自由。

この電車は、京都が始発ではないことを知っている。
この電車は、大阪が終点ではないことを知っている。
電車の中には、琵琶湖の香りがかすかに残る。
この先、瀬戸内海の香りがすることが約束されている。

レールは続く。
この電車の双子の兄弟は、東京から走って来る。
この電車の兄弟の一人は、下関まで走って行く。

電車を降りること。
それは現実に帰ること。
自由を奪われ、
社会の歯車に戻って行くこと。

嫌だ!
電車から降りたくない!
このまま見知らぬ町へ、気ままな旅に出たい。
自由に生きる、旅人になりたい。

しかし私は強くない。
一人で生きて行けるほど強くない。

電車が大阪駅に着くとき、
私は、つかの間の自由に、別れを告げる。

 

1995年 かずや
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